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ララ物資と日系移民の歴史

2018年12月08日

カテゴリー:国際交流事業

 

戦後日本の復興を支えた「敵国人」と迫害されていた世界中の日系人が送った「ララ物資」

 

「日系移民150周年」を記念してハワイとの交流活動を進めてきました。クラウドファンディングでも沢山の支援をいただいて、誠実に1つひとつのプロジェクトを行ってきました。

でも、「なぜハワイ?」「なんで日系移民?」という質問が絶えません。ハワイに限らず、日系移民のみなさんのための活動が私たちが暮らす日本での(そして住んでいる地元での)生活には無関係だと思う方が多いのも事実です。ですが、実は私たち日本に暮らす日本人が今こうして平和に豊かに生活できている背景にあるのは、世界中の日系人コミュニティーのみなさんのお陰であるのも事実です。

6月に弊社所属のタレント、大塚みかと私でハワイの「日系移民150周年」を祝う「海外日系人大会」(主催:公益財団法人海外日系人協会)、在ホノルル日本総領事館主催の「日系移民150周年」記念式典に交流活動の一環で出席しました。

ハワイ島公演

ハワイ島公演

海外日系人大会

海外日系人大会

海外日系人大会とレセプションには日本政府を代表して佐藤外務副大臣、そして皇室から秋篠宮殿下と紀子さまがご出席されていました。実は河野外務大臣がいらっしゃるんじゃないかと言われてもいたんです。ちょっと不思議に思ってください。「日系移民150周年」は、政府、皇室が関わるくらいものすごく日本にとって重要なイベントなんです。なぜそれほど重要なのでしょうか?

理由は「日系移民」のみなさんが、戦後日本の復興にものすごく大きな役割を果たしていた、というところにあるのです。でも、その歴史的な意義についてはあまり知られていないんですよね。

大丈夫です。実は私もこのハワイでの「日系移民150周年」に関連したイベントや交流を通じて学んだことですから。

ハワイへの日本人の移民の歴史の前に、その「日系移民」のみなさんが戦後復興で果たした役割についてご説明したいと思います。日本の歴史上、日本人が初めて移民した先がハワイで、それがちょうど今から150年前、明治元年(1868年)だったのですが、その後も新天地を夢見てハワイや北米、南米のブラジル、ペルー、アルゼンチンといった国々に大勢の日本人が移住しました。

 

第二次世界大戦後の苦しい中、祖国の窮状に立ち上がったのは実は差別と迫害にさらされていた日系人のみなさんだった

 

ハワイのサトウキビ畑や、ブラジルのコーヒー農場などで一生懸命働いたり、商売で身を立てるなどというかたちで新天地に渡った日本人のみなさんたちでしたが、言葉の壁や人種差別、風土病などの困難に立ち向かう日々で、騙されて奴隷同然の扱いを受けることもあったり、熱病でも大勢が亡くなりました。そんな中、真面目に必死に身を立てていた日系人のみなさんたちを襲ったのが、第二次世界大戦でした。

すでに移民していたにも関わらず、敵国人として差別を受けるどころか、財産没収や強制収容所に入れられることも北米ではありました。敗戦後も、現地の社会で激しい差別を受け、苦しい生活を強いられていたのです。ここまでは多くの方がご存知かと思います。

しかし、苦しい生活を強いられていた日系人のみなさんが、焼け野原となった東京、敗戦国となった日本の窮状を知ると、自分たちも悲惨な状況であったにも関わらず、祖国日本の力になろうと日本救済のための寄付や募金活動を北米からはじめたのです。

文字通り没収された財産なしの状況から寄付できるものは全部送ろう、というような動きが北米やハワイだけでなく、南米をはじめ、世界各地の日系人のみなさんが救援物資を集めたのです。

その救援物資は「ララ物資」(Licensed Agencies for Relief in Asia:アジア救援公認団体の頭文字LARAからララ物資と呼ばれています)として日本に届けられ、あらゆる物資が不足していて困窮していた日本を救ったのです。自分たちも苦しい中で身を削りながらみんなで祖国を救おうという思いが込められた物資だったということです。

この「ララ物資」については、ハワイとの交流事業を進める過程で訪問した公益財団法人海外日系人協会で細かく教えていただきました。心を打つストーリーでしたが、学校では習わない内容で私も勉強になりました。

その数か月後、交流活動の一環でフラダンスでの慰問で、荻窪のデイサービスにうかがった際に、80代、90代のおばあさまにこのお話をしたところ、みなさん「ララ物資」をよく覚えていらして、あの物資は本当にありがたかった、日系人のみなさんからだったのね、とおっしゃっていました。この交流活動をしている大塚みかと渡良瀬橋43の小さい子たちにもすごく勉強になりました。

復興がひと段落した頃から、国会でこのララ物資を送ってくださった日系人のみなさんに感謝する祭典を開こうという動きが起こり、決議がされ、1957年に「海外日系人親睦大会」が行われました。それが毎年今まで続き、皇室も必ず出席されるかたちで世界中の日系人のみなさんが集っています。今年はその日系移民が始まって150周年を迎えたということで、大きな規模でハワイで行われました。

冷静に考えれば、今の日本が平和に豊かな国になったのも、ハワイに遊びに行けるのも、日系人のみなさんの力がその背景にはあったわけです。太平洋戦争はハワイの真珠湾攻撃から始まりました。本来であれば「敵国」である日本に対してハワイの人たちが敵対的であったとしてもおかしくありません。日系人のみなさんが現地に溶け込み、信用を勝ち得たおかげで、きっと日本人が訪れても歓迎してくれるハワイになったのではないでしょうか。

そんなハワイの日系人の歴史に戻ると、日本の歴史上、日本人が初めて移民した先がハワイだったことは書きました。ちょうど今から150年前、明治元年(1868年)に、約150名の日本人が労働者として横浜からハワイに渡ったんです。明治元年であったことから「元年者」と呼ばれた方々ですが、実はこの元年者のみなさんは時の旧政府(江戸幕府)との契約で移民することになっていたため、新政府の承認がなく、悲惨な待遇を受け、外交問題にもなったそうです。その後、1885年に日本ハワイ両政府間での契約が取り交わされ、官約移民として100年以上続きました。

その間には太平洋戦争もあり、様々な今やハワイの人口の20パーセント程度が日系人になりました。年間150万人近くの日本人がハワイを訪れ、政治的にも経済的にも緊密な関係を築いています。

今回の「日系移民150周年」は、現地のみなさんにとってとても意味があるもので、様々なイベントを通じて祖国日本とのつながりや、これからも続く永続的な関係を目指しています。

「2019ホノルル歌舞伎」実行委員会のみなさんもその「150周年」を記念して、不可能と言われていた歌舞伎公演をハワイに持って行こうと立ち上がった方々です。「本物の日本文化」を3世、4世と代替わりしても祖国を愛するみなさんに触れていただきたい、という思いで、本来であれば衣装や舞台だけでも膨大なお金がかかり、通常であれば開催できない「歌舞伎」をハワイに、という思いで頑張られています。

公式記念アロハシャツの企画も、私がご協力しなければできない、とうかがって私もリスクを承知でこの歌舞伎公演はもちろん、150周年の事業のために一肌も二肌も脱ごうと思ったのが本当のところです。

「やらないこと」は誰にでもできます。自分に関係がないこと、自分の住んでいるところに関係がないこと、自分の利益にならないこと、それを否定するのは簡単です。

でも、それはビジネスの世界では正解かもしれませんが、「国際交流事業をしています!」と口に出している人間がすることではありません。ハワイと交流活動をする、している、と言っている以上、貫かねばならないことがあります。

よく議員さんや色んな企業や団体のみなさんの「海外視察」がお買い物とお酒飲んで終わってるというような報道があります。そんな状況があるから真の交流が進まないんだな、としみじみ思います。

おかげで私のような北関東の小さな会社の人間もこのフィールドでは必要とされるのですが。

私と大塚みかで地道に忙しくハワイのみなさんたちに助けられながら歩んで育んできたこの「交流」を絶やさず、今回もできることから頑張ろう。そして「ララ物資」に日系人のみなさんが込めたような思いを込めて「2019ホノルル歌舞伎」の応援、大塚のステージで届けよう。そう思っています。

ハワイ島公演

日系人のお年寄りの方々からは美空ひばりさんの慰問や森進一さんの官約移民100周年祭のステージの思い出をうかがいました

 

日系人のみなさんが思い出として語ってくださったのは、あの美空ひばりさんでした。ひばりさんはハワイの日系人のみなさんのコミュニティーを毎年のように回って、慰問コンサートをされていたそうです。

私と大塚みかの活動もいつか世代を超えて語られるようになるといいな、と思いました。

長くなりましたが、ぜひみなさんにも「ララ物資」と日系人のみなさんの歴史上の事実について知っていただきたいと思い、書き綴りました。

改めてクラウドファンディングもご検討ください!

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クラウドファンディングタイトル:
「ハワイでの歌舞伎公演を公式記念アロハシャツの製作で応援したい」

URL: https://readyfor.jp/projects/howdys

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明日を信じて、明日も頑張ります!

 

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